新潟駅南エリア活性化構想 -パークアンドライドによる交通革命-
人口減少、中心市街地の活力低下、慢性的な交通渋滞。
どれも新潟に限った話ではありませんが、この街に暮らし、働く人にとっては、大きな問題として日々実感しているのではないでしょうか。
私は1976年に新潟へ赴任して以来、建設・不動産事業を通じて、この地域に根ざした街づくりを進めてまいりました。住宅や集合住宅、高齢者施設の建設、土地開発など、現場での取り組みを重ねる中で、街の変化と、その背景にある制度や交通の在り方を継続的に見てきた一人です。
多くの場合、都市の停滞は人口動態の問題として語られます。たしかにこれは重要な問題です。ただ一方で、土地の使い方や交通の仕組み、規制のあり方といった「構造」の部分に目を向けることで、状況を改善できる余地もあるのではないか。私は現場での経験から、そうした問題意識を持つようになりました。
新潟駅南エリアは、こうした課題と可能性の両方が集まるエリアだと考えています。民間投資、交通機能、生活環境の、それぞれが個別に議論されることは多いものの、「相互にどう連動させるか」という視点は、まだ十分に共有されていないように感じています。
本記事では、新潟駅南弁天線(以下、弁天線)を軸とした駅南エリアを起点に、規制と交通の関係を整理し、持続可能な都市の選択肢を現実的に考えていきます。
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新潟市の課題が集中する駅南エリア
新潟市が直面している課題は、一つひとつを見ると個別の問題に見えます。
しかし、実際にはそれぞれが絡み合い、都市全体の活力を静かに奪っているのです。
ここでは、特に重要な三つの課題を整理していきます。
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【課題① 人口減少と若年層流出】
新潟市では、長期的な人口減少が続いています。特に深刻なのが、若年層や子育て世代の市外流出です。進学や就職を機に新潟を離れ、そのまま戻らない。そういった流れが積み重なり、中心市街地の消費活動や担い手が減少し、街の活力は確実に低下し続けています。
ここで注目すべきなのは、人口減少そのものよりも、その影響が都市構造に及ぼす連鎖です。人が減れば、商業施設やサービスが成り立ちにくくなります。すると生活の利便性が下がり、さらに人が離れていく。この循環が、気づかないうちに街を縮小させてきました。
重要なのは、限られた人口でも、住み替えや転入が起こりやすい都市構造をつくれているかどうか。その視点が、今の新潟市には求められています。
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【課題② 交通渋滞と駐車場不足】
新潟駅南エリアでは、慢性的に交通渋滞が発生しています。特に、メインストリートである「弁天線」では、大型商業施設周辺やインターチェンジ付近を中心に、週末やイベント時のみならず、平日の通勤時間帯も激しい混雑が発生しています。
渋滞は、日常的な移動の不便さに加え、救急車や消防車の通行を妨げるなど環境負荷を高め、市民生活の質を下げます。さらに、駐車場不足の問題もあり、来訪者の回遊性を低下させ、結果として街での滞在時間を短くしてしまいます。
移動の前提が自動車に固定され、すべての車が弁天線を通って中心部まで入らなければならないという構造そのものが、限界を迎えているのです。
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【課題③ 民間投資を阻む規制】
新潟駅南エリアには、本来であれば民間の知恵と資本が活かされる余地が数多く存在します。しかし現状では、用途地域や建築規制が、投資判断の壁となっています。高さ制限や容積率、用途の制約により、商業施設や集合住宅、文化的な拠点の計画が成立しにくい。その結果、民間は様子見を続け、街は更新されないまま時間が過ぎていっています。
規制は、街を守るために必要なものです。ただし、それが時代や人口構造の変化に対応できていない場合、結果として街の可能性を閉ざしてしまいます。行政が直接多額の予算を投じなくても、規制の見直しによって民間投資を誘発できる余地があるにもかかわらず、その選択肢が十分に活かされていないのが現状です。
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規制と交通を連動させる駅南エリア再生の全体像

今回の構想の核になるのは、二つの取り組みを同時に進める点にあります。一つは、「新潟駅南エリアにおける土地利用の見直しによる活性化」。もう一つは、「弁天線におけるパークアンドライドを軸とした交通機能の再設計」です。
“人が集まる場所”と“そこへの移動の手段”。この二つが噛み合って初めて街は機能します。駅南エリアに民間投資を呼び込もうとしても、弁天線を中心とした渋滞問題が解消されなければ人は思うように集まりません。よって、規制緩和による民間投資の誘発と、交通機能の強化を一体で進める必要があります。
以下は、今回提案する新潟駅南エリア活性化構想の基本的な方針です。
【駅南エリア活性化構想の基本方針】
・用途地域変更による商業施設、住居、文化機能の集積と民間投資の誘発
・駅とパークアンドライド+EVシャトルを一体運用することで交通機能を強化
・高齢者、非自動車保有者に配慮した歩行者導線と街路整備による多世代住宅環境の実現
・鳥屋野潟の自然環境、水辺空間を活かした景観形成と賑わいを創出し、地域ブランドを向上
この基本方針のもと、短期的には渋滞緩和と商業活性化を実現し、中長期的にはコンパクトで持続可能な都市構造へと移行していく。それが、駅南エリア再生の目指す姿だと考えます。
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「パークアンドライド(P&R)」による交通革命
新潟市の交通問題を考えるとき、これまで主に議論されてきたのは「道路をどう整備するか」という視点でした。しかし、車の流入が前提となっている限り、道路整備だけで渋滞を根本的に解消することは難しい。ここで必要なのは、移動の前提そのものを見直す発想です。
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郊外に設けた駐車場に車を停め、そこから公共交通に乗り換えて中心市街地へ向かう交通システムです。
中心市街地に車を入れないことで、渋滞を緩和するほか、交通事故の低減や排ガス低減にも効果があります。
また、既存の道路を活用し、比較的低コストかつ迅速な導入が可能です。
新潟市においては、既に小規模なパークアンドライドの導入例はありますが、大規模な導入に向けた動きは今のところ見受けられません。
新潟駅南エリアにおいて、鳥屋野潟南部開発の進展や大型商業施設、スポーツイベントの開催などに伴い、今後さらに増加が見込まれる交通需要に、都市としてどう対応するか。その具体的な答えが、弁天線を活用したパークアンドライド構想です。平日の朝夕は通勤需要に対応し、週末やイベント時には来訪者の車を郊外で受け止める。これにより、中心部への無秩序な車の流入を抑え、市民生活と都市機能の両立を図ります。
また、既存の道路や空間を活用できるため、導入コストを抑えつつ、比較的短期間で効果を検証できる点も重要です。将来の新交通システム導入までをつなぐ「橋渡し施策」としても、非常に合理的な位置づけになります。

【自動運転EVシャトルバスの導入】
パークアンドライドを機能させる上で欠かせないのが、郊外駐車場と中心部を結ぶ交通手段です。ここで想定しているのが、弁天線に「バス専用車線」を確保し、そこを自動運転EVシャトルバスが走行するシステムの導入です。このシャトルバスは、排ガスを出さず、騒音も少ない、低床でバリアフリー対応のため、高齢者や車椅子利用者、子育て世代にも使いやすい交通手段です。ICカードとの連携により、乗り換えの煩わしさを減らすことも可能になります。さらに、自動運転技術を活用することで、将来的な運行コストの抑制が見込めます。これは、人口減少が進む中で公共交通を持続させるための重要な視点です。加えて、優先レーンは災害時や緊急時に、緊急車両の通行路として活用することも想定しています。
パークアンドライドの導入によって、中心部に流入する車が減れば、道路や空間を人のために使えるようになります。歩行者空間が広がり、回遊性が高まり、街に滞在する時間が伸びる。その積み重ねが、商業や文化活動の活性化につながっていきます。
世界と国内の成功事例に学ぶ
実際に、パークアンドライドによる成果を上げている都市を見ていくと、共通しているのは派手な施策ではなく、交通と土地利用を一体で設計するという一貫した考え方を持っています。新潟が学ぶべきポイントも、まさにそこにあります。
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フランス西部のナント市は、現在、持続可能な都市交通の先進事例として国際的に高く評価されています。しかし、その出発点は、新潟と同様に、自動車流入による渋滞と環境悪化という深刻な課題でした。
1980年代、ナント市では中心市街地に車が集中し、歴史的建造物周辺の交通混雑が常態化していました。これを転換するため、市は1985年に現代型トラム(次世代型路面電車システム)を導入し、公共交通を都市交通の主軸に据える方針を明確にします。
1990年代以降、このトラム網と連動する形でパークアンドライドを本格整備しました。郊外に設けた駐車場とトラムやバスを直結させ、「車を停めてすぐ公共交通に乗れる」動線を徹底的に磨き上げたのです。多くの施設は無料、または駐車と公共交通がセットになった低料金制とし、トラムは高頻度運行を維持しました。
2000年代以降は、広域自治体であるナント・メトロポールが交通と土地利用を一元管理し、パークアンドライド網を都市圏全体に拡大しました。現在では60か所以上の施設が整備され、平均稼働率は約80パーセントに達しています。
同時に、都心部では明確な流入抑制策が取られました。路上駐車を減らし、有料化を進め、空いた空間は歩行者空間や広場として再生されました。その結果、都心への自動車利用率は約25パーセント低下し、公共交通と徒歩への転換が進みました。
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フランス・ナント市の事例は制度や都市文化の違いはあるものの、その考え方は日本国内でもすでに実装され、成果を上げています。
(1)富山市:LRTで実現するコンパクトシティ
富山市では、LRT(次世代型路面電車)を都市交通の軸に据え、それと連動する形でパークアンドライドを整備しました。郊外に無料駐車場を設け、公共交通の利便性を高めることで、市民が無理なく車から公共交通へ乗り換える環境を整えています。交通施策を単独で終わらせず、沿線に居住や商業機能を集約したことで、渋滞緩和と中心市街地の活性化を同時に実現しました。
(2)つくば市:環境への効果を科学的に検証
つくば市では、通勤渋滞対策としてパークアンドライドを導入し、その効果をCO₂削減量や交通量変化といった数値で検証してきました。施策の効果をデータで示すことで、市民の理解を得ながら、社会実験から本格導入へと段階的に進めています。
(3)新潟市:パークアンドライド活用事例
新潟市でも、高速道路バス停(巻潟東・鳥原・両川など)周辺の無料駐車場を活用したパークアンドライドの実例があります。規模は限定的ですが、「郊外で車を受け止める」という考え方は、すでに市民にとって馴染みのあるものです。
これら国内事例に共通しているのは、車を排除せず役割を整理していること、低投資から始めて段階的に拡大していること、そして交通と土地利用を一体で考えていることです。
新潟駅南エリアは、都市規模や距離感の面で、これらの事例と非常に近い条件を備えています。海外と国内の実践知を組み合わせることで、新潟でも現実的な都市モデルを描くことは十分に可能だと言えるでしょう。
段階的な発展:15年後のコンパクトシティを目指して
どれほど理想的な完成像があっても、人口減少と財政制約が進む時代においては、「どう実行するか」を示さなければ構想は現実になりません。本構想では、短期・中期・長期の三段階に分け、無理なく積み上げていくことを前提としています。
📍短期(~3年):まずは動かし、効果を可視化する
この段階で、弁天線の一部区間を用いた社会実験として実際に動かし、効果を確認。
郊外部に暫定的なパークアンドライド駐車場を整備し、弁天線に「バス専用車線」を試験的に導入。自動運転EVシャトルバスを走らせることで、渋滞緩和の効果をデータとして可視化します。あわせて、駅南エリアで用途地域の見直しを行い、民間事業者が具体的な検討に入れる環境を整えます。
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📍中期(5~7年):成果を広げ、街の輪郭をつくる
短期の実績をもとに、弁天線の専用車線化を本格運用し、シャトルバスの増便やルート拡充を行います。民間投資が動き始めることで、街の輪郭が明確になり、人の流れも安定してきます。あわせて、鳥屋野潟周辺の水辺や緑地を活かした空間整備を進め、利便性だけでなく、居心地の良さを備えた街へと変えていきます。
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📍長期(10~15年):都市構造を完成させる
この段階で目指すのが、真の意味でのコンパクトシティです。新潟駅南から周辺エリアへと連なる都市軸が形成され、交通と土地利用が一体となった都市構造が定着します。高齢者や子育て世代も、過度な移動負担なく暮らせる環境が整い、車に依存しすぎない生活が自然な選択肢になります。将来的な新交通システムの導入も、この段階で現実的な検討対象となります。ただし、それは短期・中期で積み上げた実績とデータがあってこそ判断できるものです。段階的に進めることで、無理のない投資と持続可能性を両立させます。
まとめ:持続可能な新潟の未来へ

新潟駅南エリアと鳥屋野潟南部の発展は、新潟市の将来にとって大きな可能性である一方、交通渋滞や環境負荷の増大といった新たな課題も伴います。これらに対しては、場当たり的な対応ではなく、都市全体を見据えた仕組みとしての対策が不可欠です。
本記事で提案した「弁天線におけるパークアンドライド構想」を核とする駅南エリア活性化構想は、交通と土地利用を一体で捉え、渋滞緩和、環境配慮、都市機能の集約を同時に進める現実的かつ効果的な選択肢です。大規模投資に頼らず、社会実験から段階的に拡大できる点も、大きな強みと言えます。
私は、この構想の実現に向けて既に動き始めており、具体的な議論や検討を進めています。しかし、この取り組みは、一人や一民間企業だけで成し遂げられるものではありません。行政、民間事業者、地域団体、そして市民一人ひとりが、それぞれの立場で関わり合い、知恵を出し合い、役割を担っていくことではじめて、街の形は変わります。
弁天線を軸とした駅南エリアから始まるこの挑戦は、新潟全体の都市価値を高め、次の世代へと引き継ぐための第一歩です。この構想を、構想のままで終わらせないために、実現に向けてともに考え、ともに動いていく仲間が増えることを願っています。
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著者プロフィール●高尾茂典
イワコンハウス新潟株式会社 代表取締役。1948年富山県生まれ。名古屋商科大学経済学部卒業後、株式会社イワコンに入社。1976年、新潟営業所開設と同時に所長として新潟に赴任し、1991年にイワコンハウス新潟を設立。約50年にわたり新潟の地で建設・不動産事業に携わる。住宅事業に加え、高齢者施設建設や土地開発などを通じ、地域に根ざした街づくりを実践してきた。新潟経済同友会、新潟中央ロータリークラブ、新潟県宅建協会などに所属。「ありがとう」と言われる仕事を原点に、持続可能な新潟の未来を考え続けている。